アンボン

インフォメーション

当社ではアンボン、マルク州、Ambon、現地に於ける、航空券・ホテル手配・車両チャーターを含んだ地上手配・現地ツアーから視察訪問、表敬訪問、慰霊巡拝、歴史探索等々、あらゆるオリジナル手配を手掛けております。現地スタッフも万全の体制で、そして全力投球でお客様の車両チャーターを含んだ地上手配、ご旅行をサポート致します。まだまだ新しい何かを発見出来るアンボンを是非どうぞ。

インドネシア・マルク諸島マルク州に属するアンボン島。アンボン島はマルクの経済、交通の中心で古くから栄えてきた。2つの半島が僅かな地峡で島同士がつながってる様な形。アンボンは昔から チョウジ・ナツメグ等の香料産地と知られ交易の中心として発展、15世紀にポルトガル人が砦を築き,後の1605年にオランダ人がそれを奪う。ポルトガル支配下時の1546年と1547年には、フランシスコ・ザビエルが訪れ、以来、マルク各地ではカソリックの布教が行われるようになった。

行政区画 マルク州 アンボン市 州都
中核都市 アンボン Ambon
空港 アンボン空港 Bandar Udara Pattimura, Ambon
アンボン空港乗入れ航空会社 GA:ガルーダインドネシア航空 SJ:スリウィジャヤ航空 JT:ライオン航空 QG:シティリンク航空 ID:バティック航空
アンボン空港を結ぶ他空港

◆ジャワ地区◆
[ ジャカルタ GA JT ID] [ ジャカルタハリム ID] [スラバヤ JT] [バンドゥン QG]
◆スラウェシ地区◆
[ マカッサル(ウジュンパンダン) GA SJ

◆マルク地区◆

[サウムラキ GA JT] [ソロン GA JT] [ナビレ JT] [マノクワリ JT]

アンボン空港から主な地域への距離 約 アンボン市街:20km
web site http://www.ambon.go.id/ [アンボン市]
時差 日本より1時間遅い
面積 マルク州 209,235k㎡(北海道の2.67倍くらい)
面積 アンボン 377k㎡(兵庫県丹波篠山市くらい)
人口 マルク州 174.4万人(熊本県くらい)
人口 アンボン 37.6万人(愛知県一宮市くらい)
宗教 アンボン プロテスタント51.3%・イスラム39%・カトリック2.4%・ヒンドゥー0.13%・仏教0.03%
町のイメージ 外部の動画サイトによる町のイメージ

【アンボン 観光地、史跡、郷土料理、著名人】

【ヴィクトリア要塞 Benteng Victoria】

ヴィクトリア要塞はアンボン有数の歴史的遺産で香料戦争の頃の要塞である。90年間に渡りポルトガルに占領された後、オランダが築いてインドネシアを植民地化する第一歩として位置づけた。

【シワリマ州立博物館 Museum Siwalima】

シワリマ・マルク州立博物館は2つのセクションに分かれており、1つは海洋セクションでアンボンの人々と海洋生物との関わりの歴史や品々が展示されている。2つ目は民族学やマルク文化の歴史に関する品々が展示されている。マルクの特徴的な建築物、伝統的な衣料・農具・儀式に用いる用具等5,000点以上にのぼる。[動画サイトの様子]

【神聖なウナギ Belut Suci Ambon】

アンボン・ワアイ村、囲いに覆われた池に巨大ウナギがいる。市民からは「神聖なウナギ」と呼ばれている。管理人が餌付けを見せてくれる。指先を鳴らし、合図を送ると水中の洞窟より姿を現し鳥の卵を与える。[動画サイトの様子]

【アンボン市場 Pasar Ambon】

庶民の台所パサール(市場)。香料を特産としてきたかつての時代の面影はあまり感じられないが、先人達の残してきた空気は感じられる。[動画サイトの様子]

【ビカアンボン(アンボンケーキ) Bika Ambon】

アンボン料理・名物と言えばビカアンボン。元はスマトラ発祥のケーキ。流れ流れて定着し、親しみ度が安定したのがアンボン地からと言われる。今やアンボンを中心に多くのインドネシア人のお菓子となっている。今ではチョコレート・バナナ・チーズ味等がありバラエティーに

【カピタン パティムラ Kapitan Patimura】

(1783-1817)マルク諸島サパルア島出身の英雄。本名はThomas Matulessy.1817年オランダがマルクを再占領の為に侵攻してきた時、パティムラは立ち上がり、5月にはDuurstede要塞を占領、多くの死傷を与えた。オランダが戦力を増強してきた為最後には彼は捕まってしまった。オランダ植民軍裁判で絞首刑が宣告され、オランダは絞首刑と引換えに協力要請したが断固拒否、結果同年12月16日アンボンのビクトリア要塞前で死刑の執行となった。この事でパティムラは全マルクの英雄となり、アンボンの空港、大学等に名前が残っている。[動画サイトの様子]

【日本とアンボン Jepang dan Ambon】

アンボンは日本軍の本部として使用され、大戦で重要な役割を果した歩兵228聯隊は、大東亜戦争開始直後の昭和17年1月に「アンボン島攻略戦」に参戦。日本軍が占領中のアンボン島には捕虜収容所が設けられ戦後、捕虜虐待などで問題となりオーストラリア映画「アンボンで何が裁かれたか」にもなった。

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